なぜ文章で人を笑わせる事は難しいのか?この事実について真剣に考えてみた
2018/01/03
毎日色々考えすぎていて頭の中がごちゃごちゃな U-39 です。
今回はそんなごちゃごちゃしている頭の中から、日頃考えている事を吐き出したいと思います。
私にとっての最大かつ永久の課題、それは「人を笑わせる文章を書く事」
唐突ですが、私は人を笑わせるのが好きです。(そのくせ人と話すのは苦手というのはナイショ)
自分が自由に発言出来る場面では、隙があれば笑いのパンチを残してやろうと企んでいます。
それは会話の中だけではなく、文章の世界でも如術に現れています。私のように文章を書く機会が多い人間にとってみれば、文章を自由に書ける場は自身の絶好のアピールの場でもあるのです。自己主張が強い私にしてみればそのような場は最高のアピールポイントとなるのです。
しかし、この「文章で人を笑わせる」という事は、実際に対面で笑わそうとする事よりも難しいのです。しかも数段。
さらにタチの悪い事に、笑わす事自体が難しいだけでなく、そのユーモアに対するお相手の反応がわからないのです。相手を直接見て反応を伺える訳ではないものですから。
いつもブログ内で一子相伝の究極奥義オレ的ウケ~るユーモアを自信満々に散りばめているのですが、後になって「これスベってないか!?」などと心配しちゃっているのですよ~。
とにかく対面とは勝手が違う文章での笑いですが、なぜこの「文章だけで人を笑わせる事」が Very difficult なのかをサウナに入りながら考えてみたので、ここに検証結果を書き記していきたいと思います。
なお、以下の検証はあくまでも私の個人的持論であります。科学的に間違っている事もあるかと思われますが、あしからず。
何故文章だけで人を笑わせる事は難しいのかを真剣に考えてみた
自身の外部の刺激は脳で認識している
笑いに限らず、私達は外の刺激に対して五感(目、耳、鼻、舌、皮膚)を受け口とし、その刺激が脳に伝わる事により外の世界を認識しています。そう、全ては脳が全ての刺激を認識し、目で物を見、耳で音を聞き、鼻で匂いを感じ、舌で味を感じ、皮膚で触れられた事を認識できるのです。
ただ五感から刺激されたものが脳によって認識されるだけでなく、外部からの刺激が脳のどこかにある感情をコントロールする場所にも伝わって、私達はある物を見て楽しくなったり、ある事を聞いて腹立たしくなったりするのです。
笑いも例外ではなく、このような脳の仕組みで成り立っていると言えます。五感で感じ取ったものが脳でウケると認識すればその人は笑い転げるといった仕組みです。
本当は脳の仕組みをきっちり説明しなければならないところですが、それをやってしまうとこの記事のタイトルが「人間の脳の仕組み」チックなものになってしまいます。なので非常にざっくりな説明になってしまいましたが勘弁して下さい。
「視覚」よりも「聴覚」を駆使した方が笑わせやすい
五感の中で主に笑いを感じ取る箇所といえば、視覚と聴覚だと言えるでしょう。テレビ等を見ていて、テレビに出ている人が面白い事を言ったら笑ってしまう、面白い動きをしたら笑ってしまうという事が多々あるかと思います。
私の今までの経験上、視覚と聴覚、どちらが笑いを引き起こしやすいかと言ったら聴覚に軍配が上がります。例えば、落語のCDを聴くのと、落語の話が書かれた本を読むのとでは、笑う人が多いのは前者の方です。私も同じ実験をやったとしたらそうなる自信はあります。
それはなぜなのか…それを自身で考察をしてみたところ、耳からの刺激の方がイメージがしやすいといった結論が出ました。
目で見て頭で考えてイメージをするよりも、耳から言葉が入ってきた方がスムーズにかつ容易にイメージが出来ると考えたのです。
よく考えてみると、対面で話して笑わせる時も主に言葉で笑わせる事が多いです。テレビやYouTube動画を見ていてもトークで笑わせる人の方が圧倒的に多いのがわかるかと思われます。
学校や団体での人気者はトークが面白いです。テレビ等で活躍をしている人を見ても動きで笑いを取る人よりもしゃべりで笑いを取る人の方が大多数です。
勿論視覚と聴覚を上手に組み合わせた方がより強固な笑いを作り上げる事が出来ますが、どちらの方に重きを置くべきかと問われたらやはり聴覚の刺激の方に軍配があると言えるでしょう。
「動き」があれば視覚を用いて笑わせやすくなる
じゃあ視覚の刺激だけでは笑いは取れないのか!? と思われるかもしれませんが、そうではありません。一切音を出さずに動きだけで笑わせている方もたくさんいらっしゃいます。
そう、視覚で笑いが起こる要因として「動き」というものが挙げられます。
今までの流れとは違った動きをしたり、思いのほか反応が激しかったりしたら、その様子が面白くて笑ってしまいます。これは「動き」によって笑わされた典型的な例ですね。
また、直接動きはなくても、例えば変顔の写真を見た時などには堪らず笑ってしまうという事もありますよね。こちらの例でも一見「動き」はないように見えます。しかし普段そんな顔をしない人が写真の中でやっている、写真の中の人達が真面目な顔をしている中、その人だけ変な顔をしている等というという間接的な「動き」はその写真の中に存在しています。
そこで私は、動画にしても静止画にしても、それぞれが持つ「動き」によってイメージが容易に具現化され、それが脳に刺激されて笑いが起こるといった結論を出したのです。
視覚を用いて笑いを引き起こすには、「動き」をつけて対象にイメージをさせやすくする事が重要となってきます。イメージをしやすければしやすいほど恐らく笑いが増えるでしょう。
文章は基本的に動きがないのでイメージ化が難しい
ここで話を「文章で笑わせる」という事に戻してみましょう。
これまでの話を振り返ると、「文章で笑わせる」ためには、視覚を駆使するという事になります。付属CDや音声再生ソフトがない限りは、相手は文章を読まない事には情報は伝わりません。
文章とは文字の組み合わせです。写真や絵画のようにパッと見てその光景が脳裏に浮かぶという訳ではなく、まずは自分で文章を読んで自分の頭の中で光景を組み立てなければなりません。
それ故、文章は動画や静止画と比べても断然イメージがしにくくなってしまいます。それどころか、最悪一通り文章を読んで言っている事がイメージできなかったら何も伝わらないという結果になってしまう事だってあるのです。
文章には具体性がありません。文章を理解するためには一度目で読んでから脳内にインプットし、インプットしたものを頭の中で組み立てていき具現化をしていく必要があります。
写真や絵画の具現化と文章の具現化とでは、工作物の図面をあらかじめ渡されるか、一から自分達で図面を作らなければならないかくらいの違いがあります。
自分で作った図面がメチャクチャになったら組み立てても何が何だかわからないものが誕生してしまいます。
文章では「動き」をつける事が困難
文章には全く動きをつけられないという訳ではなく、文章を書く場所によってはかなり大きな動きをつける事が出来ます。
例えばこの『U-39 Cafe』では、Webの特性を思う存分に利用して文章に動きを付けています。その方法は、CSS(カスケーディングスタイルシート)を用いて文字を大きくしたり、変色させたり、下線を引いたりして見て欲しいポイントを強調しています。
CSSの細かい説明は省略しますが、これによって文章が動いているように見せられるのです。
例えば何も手を加えないのと、CSSを用いて手を加えたものとを比較してみましょう。
ある時、オレは彼女を落としたいがために、とっておきの洒落た一言を彼女にプレゼントをした。
「アルミ缶の上にあるみかん」
と。
ある時、オレは彼女を落としたいがために、とっておきの洒落た一言を彼女にプレゼントをした。
「アルミ缶の上にあるみかん」
と。
うん、例がすこぶる悪いのはツッコまないでちょ。こんなんだから女性にモテないんだよ。
笑いの部分を強調するのもよし、笑いを地味に潜ませて「洒落た一言」の部分を強調するのもよし、こんな感じで動きを付ける事が出来ちゃうのですよ。
しかしながら、本やメディアによってはこういった事が出来ない場合があります。正直なところそうなっちゃったら文章に動きをつけよう作戦は詰みとなってしまうのです。
私自身はこの文字を大きくしたり下線を引いたりして面白い部分を強調しているので、これが封印されてしまったら正直私の書く文章が面白い自信はないのですよ。
文字自体に「動き」をつけなくてもイメージしやすい文章を書く人達もいる
しかし、私が多用しているような技を使わずとも、ユーモア溢れる面白い文章を書く人達は存在します。
小説なんかがいい例です。小説の本を読んでみても最初から最後まで同じ文字の大きさ、太さ、色、フォントです。どこにも文字に動きなどありません。
しかし彼ら文章のプロは小手先の動きなど使わずとも面白い文章を書く事が出来ます。普段全然小説を読まない私ですが、たまに読んだ小説で笑いこけてしまった事が多々あります。あの時は何気なく笑っていましたが、今考えたら文字そのものに動きをつけずに人を笑わせるという事は本当にすごい事です。
フィクション・ノンフィクション問わず、人を笑わせる文章が書ける人は、読み手にイメージをさせる事が非常に上手です。笑わす笑わさない抜きにして、何を言わんとしているのかが明確です。文字だけで綺麗に世界を作り上げていると言っても過言ではありません。
物書きの端くれとしては、そういった人達の事をスゲーと思いながらも、私も小手先のテクニックだけに頼らずにその域に達したいなと思います。
色々な意味で面白い文章を書くためには、「読み手にイメージを容易にさせる事」が大事
笑いにおいて最も敏感な聴覚が封印され、更には視覚でも動画や静止画とは違い文章は相手にイメージをさせる事が困難であるが故に、文章で人を笑わせる事は Very difficult であると私自身結論付けました。
そこから更に考えた結果、文章で人を笑わすには、相手にイメージをしやすい文章を書く事が大事なのだという事を悟りました。
そう、「読み手にイメージをしやすい文章を書く」という事は、ただ笑わせる文章を書くための技法ではなく、本当に相手が面白い、感動する、ためになる文章を書く技法なのです。
人を文章で笑わせられる人は、わかりやすい文章が書ける人だと言えます。
文字だけで相手に伝える事は非常に難しいです。私が書いた文章は本当に読み手に伝わっているのか、いつも心配しています。それ故に、「面白かった」「笑った」と言って頂けたら当然嬉しいですし、相手に伝わったんだなと安心もします。
以前よりもっと面白い記事を書いていきたいと思っていましたが、今回の記事を書いているうちに、その気持ちがより強固なものになりました。
本当はもっと書きたい事があったのですが、書いているうちに熱くなってしまって1つ1つの内容が膨大になってしまいましたので、続きはまた次の機会という事で今回はお開きにしたいと思います。
また次回お会いしましょう☆ミ
See you!!
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